《吾輩は猫である》

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吾輩は猫である- 第75部分


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十一 … 12

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「何です、呑みびらかすと云うのは」

「衣装道具(いしょうどうぐ)なら見せびらかすのだが、煙草だから呑みびらかすのさ」

「へえ、そんな苦しい思いをなさるより貰ったらいいでしょう」

「ところが貰わないね。僕も男子だ」

「へえ、貰っちゃいけないんですか」

「いけるかも知れないが、貰わないね」

「それでどうしました」

「貰わないで偸(ぬす)んだ」

「おやおや」

「奴さん手拭(てぬぐい)をぶらさげて湯に出掛けたから、呑むならここだと思って一心不乱立てつづけに呑んで、ああ愉快だと思う間(ま)もなく、障子(しょうじ)がからりとあいたから、おやと振り返ると煙草の持ち主さ」

「湯には這入らなかったのですか」

「這入ろうと思ったら巾着(きんちゃく)を忘れたのに気がついて、廊下から引き返したんだ。人が巾着でもとりゃしまいし第一それからが失敬さ」

「何とも云えませんね。煙草の御手際(おてぎわ)じゃ」

「ハハハハじじいもなかなか眼識があるよ。巾着はとにかくだが、じいさんが障子をあけると二日間の溜め呑みをやった煙草の煙りがむっとするほど室(へや)のなかに唬à长猓─盲皮毪袱悚胜い櫴虑Ю铯趣悉瑜皮盲郡猡韦坤汀¥郡沥蓼谅兑姢筏皮筏蓼盲俊

「じいさん何とかいいましたか」

「さすが年の功だね、何にも言わずに巻煙草(まきたばこ)を五六十本半紙にくるんで、失礼ですが、こんな粗葉(そは)でよろしければどうぞお呑み下さいましと云って、また湯壺(ゆつぼ)へ下りて行ったよ」

「そんなのが江戸趣味と云うのでしょうか」

「江戸趣味だか、呉服屋趣味だか知らないが、それから僕は爺さんと大(おおい)に肝胆相照(かんたんあいて)らして、二週間の間面白く逗留(とうりゅう)して帰って来たよ」

「煙草は二週間中爺さんの御馳走になったんですか」

「まあそんなところだね」

「もうヴァイオリンは片ついたかい」と主人はようやく本を伏せて、起き上りながらついに降参を申し込んだ。

「まだです。これからが面白いところです、ちょうどいい時ですから聞いて下さい。ついでにあの碁盤の上で昼寝をしている先生――何とか云いましたね、え、独仙先生、――独仙先生にも聞いていただきたいな。どうですあんなに寝ちゃ、からだに毒ですぜ。もう起してもいいでしょう」

「おい、独仙君、起きた起きた。面白い話がある。起きるんだよ。そう寝ちゃ毒だとさ。奥さんが心配だとさ」

「え」と云いながら顔を上げた独仙君の山羊髯(やぎひげ)を伝わって垂涎(よだれ)が一筋長々と流れて、蝸牛(かたつむり)の這った迹(あと)のように歴然と光っている。

「ああ、眠かった。山上の白雲わが懶(ものう)きに似たりか。ああ、いい心持ちに寝(ね)たよ」

「寝たのはみんなが認めているのだがね。ちっと起きちゃどうだい」

「もう、起きてもいいね。何か面白い話があるかい」

「これからいよいよヴァイオリンを――どうするんだったかな、苦沙弥君」

「どうするのかな、とんと見当(けんとう)がつかない」

「これからいよいよ弾くところです」

「これからいよいよヴァイオリンを弾くところだよ。こっちへ出て来て、聞きたまえ」

「まだヴァイオリンかい。困ったな」

「君は無絃(むげん)の素琴(そきん)を弾ずる連中だから困らない方なんだが、寒月君のは、きいきいぴいぴい近所合壁(きんじょがっぺき)へ聞えるのだから大(おおい)に困ってるところだ」

「そうかい。寒月君近所へ聞えないようにヴァイオリンを弾く方(ほう)を知らんですか」

「知りませんね、あるなら伺いたいもので」

 。。



十一 … 13

(//小|//说//网)
「伺わなくても露地(ろじ)の白牛(びゃくぎゅう)を見ればすぐ分るはずだが」と、何だか通じない事を云う。寒月君はねぼけてあんな珍語を弄(ろう)するのだろうと鑑定したから、わざと相手にならないで話頭を進めた。

「ようやくの事で一策を案出しました。あくる日は天長節だから、朝からうちにいて、つづらの蓋(ふた)をとって見たり、かぶせて見たり一日(いちんち)そわそわして暮らしてしまいましたがいよいよ日が暮れて、つづらの底で (こおろぎ)が鳴き出した時思い切って例のヴァイオリンと弓を取り出しました」

「いよいよ出たね」と枺L君が云うと「滅多(めった)に弾くとあぶないよ」と迷亭君が注意した。

「まず弓を取って、切先(きっさき)から鍔元(つばもと)までしらべて見る……」

「下手な刀屋じゃあるまいし」と迷亭君が冷評(ひやか)した。

「実際これが自分の魂だと思うと、侍(さむらい)が研(と)ぎ澄した名刀を、長夜(ちょうや)の灯影(ほかげ)で鞘払(さやばらい)をする時のような心持ちがするものですよ。私は弓を持ったままぶるぶるとふるえました」

「全く天才だ」と云う枺L君について「全く癲癇(てんかん)だ」と迷亭君がつけた。主人は「早く弾いたらよかろう」と云う。独仙君は困ったものだと云う顔付をする。

「ありがたい事に弓は無難です。今度はヴァイオリンを同じくランプの傍(そば)へ引き付けて、裏表共よくしらべて見る。この間(あいだ)約五分間、つづらの底では始終 (こおろぎ)が鳴いていると思って下さい。……」

「何とでも思ってやるから安心して弾くがいい」

「まだ弾きゃしません。――幸いヴァイオリンも疵(きず)がない。これなら大丈夫とぬっくと立ち上がる……」

「どっかへ行くのかい」

「まあ少し黙って聞いて下さい。そう一句毎に邪魔をされちゃ話が出来ない。……」

「おい諸君、だまるんだとさ。シ珐‘」

「しゃべるのは君だけだぜ」

「うん、そうか、これは失敬、謹聴謹聴」

「ヴァイオリンを小茫吮Вà─まzんで、草履(ぞうり)を突(つっ)かけたまま二三歩草の戸を出たが、まてしばし……」

「そらおいでなすった。何でも、どっかで停電するに摺胜い人激盲俊

「もう帰ったって甘干しの柿はないぜ」

「そう諸先生が御まぜ返しになってははなはだ遺憾(いかん)の至りだが、枺L君一人を相手にするより致し方がない。――いいかね枺L君、二三歩出たがまた引き返して、国を出るとき三円二十銭で買った赤毛布(あかげっと)を頭から被(かぶ)ってね、ふっとランプを消すと君真暗闇(まっくらやみ)になって今度は草履(ぞうり)の所在地(ありか)が判然しなくなった」

「一体どこへ行くんだい」

「まあ聞いてたまい。ようやくの事草履を見つけて、表へ出ると星月夜に柿落葉、赤毛布にヴァイオリン。右へ右へと爪先上(つまさきあが)りに庚申山(こうしんやま)へ差しかかってくると、枺鼛X寺(とうれいじ)の鐘がボ螭让迹à堡盲龋─蛲à筏啤⒍蛲à筏啤㈩^の中へ響き渡った。何時(なんじ)だと思う、君」

「知らないね」

「九時だよ。これから秋の夜長をたった一人、山道八丁を大平(おおだいら)と云う所まで登るのだが、平生なら臆病な僕の事だから、恐しくってたまらないところだけれども、一心不乱となると不思議なもので、怖(こわ)いにも怖くないにも、毛頭そんな念はてんで心の中に起らないよ。ただヴァイオリンが弾きたいばかりで胸が一杯になってるんだから妙なものさ。この大平と云う所は庚申山の南側で天気のいい日に登って見ると赤松の間から城下が一目に見下(みおろ)せる眺望佳絶の平地で――そうさ広さはまあ百坪もあろうかね、真中に八畳敷ほどな一枚岩があって、北側は鵜(う)の沼(ぬま)と云う池つづきで、池のまわりは三抱えもあろうと云う樟(くすのき)ばかりだ。山のなかだから、人の住んでる所は樟脳(しょうのう)を採(と)る小屋が一軒あるばかり、池の近辺は昼でもあまり心持ちのいい場所じゃない。幸い工兵が演習のため道を切り開いてくれたから、登るのに骨は折れない。ようやく一枚岩の上へ来て、毛布(けっと)を敷いて、ともかくもその上へ坐った。こんな寒い晩に登ったのは始めてなんだから、岩の上へ坐って少し落ち着くと、あたりの淋(さみ)しさが次第次第に腹の底へ沁(し)み渡る。こう云う場合に人の心を乱すものはただ怖(こわ)いと云う感じばかりだから、この感じさえ引き抜くと、余るところは皎々冽々(こうこうれつれつ)たる空霊の気だけになる。二十分ほど茫然(ぼうぜん)としているうちに何だか水晶で造った御殿のなかに、たった一人住んでるような気になった。しかもその一人住んでる僕のからだが――いやからだばかりじゃない、心も魂もことごとく寒天か何かで製造されたごとく、不思議に透(す)き徹(とお)ってしまって、自分が水晶の御殿の中にいるのだか、自分の腹の中に水晶の御殿があるのだか、わからなくなって来た……」

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十一 … 14


「飛んだ事になって来たね」と迷亭君が真面目にからかうあとに付いて、独仙君が「面白い境界(きょうがい)だ」と少しく感心したようすに見えた。

「もしこの状態が長くつづいたら、私はあすの朝まで、せっかくのヴァイオリンも弾かずに、茫(ぼん)やり一枚岩の上に坐ってたかも知れないです……」

「狐でもいる所かい」と枺L君がきいた。

「こう云う具合で、自他の区別もなくなって、生きているか死んでいるか方角のつかない時に、突然後(うし)ろの古沼の奥でギャ仍皮ι筏俊!

「いよいよ出たね」

「その声が遠く反響を起して満山の秋の梢(こずえ)を、野分(のわき)と共に渡ったと思ったら、はっと我に帰った……」

「やっと安心した」と迷亭君が胸を撫(な)でおろす真似をする。

「大死一番(たいしいちばん)乾坤新(けんこんあらた)なり」と独仙君は目くばせをする。寒月君にはちっとも通じない。

「それから、我に帰ってあたりを見廻わすと、庚申山(こうしんやま)一面はしんとして、雨垂れほどの音もしない。はてな今の音は何だろうと考えた。人の声にしては鋭すぎるし、鳥の声にしては大き過ぎるし、猿の声にしては――この辺によもや猿はおるまい。何だろう? 何だろうと云う問睿^のなかに起ると、これを解釈しようと云うので今まで静まり返っていたやからが、紛然(ふんぜん)雑然(ざつぜん)糅然(じゅうぜん)としてあたかもコンノ鹊钕職Z迎の当時における都人士狂乱の態度を以(もっ)て脳裏をかけ廻る。そのうちに総身(そうしん)の毛穴が急にあいて、焼酎(しょうちゅう)を吹きかけた毛脛(けずね)のように、勇気、胆力、分別、沈着などと号するお客様がすうすうと蒸発して行く。心臓が肋骨の下でステテコを踊り出す。両足が紙鳶(たこ)のうなりのように震動をはじめる。これはたまらん。いきなり、毛布(けっと)を頭からかぶって、ヴァイオリンを小茫藪à─まzんでひょろひょろと一枚岩を飛び下りて、一目散に山道八丁を麓(ふもと)の方へかけ下りて、
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