「いいえ」
「三年生か?」
「いいえ、二年生です」
「甲の組かね」
「乙です」
「乙なら、わたしの監督だね。そうか」と主人は感心している。実はこの大頭は入学の当時から、主人の眼についているんだから、決して忘れるどころではない。のみならず、時々は夢に見るくらい感銘した頭である。しかし呑気(のんき)な主人はこの頭とこの古風な姓名とを連結して、その連結したものをまた二年乙組に連結する事が出来なかったのである。だからこの夢に見るほど感心した頭が自分の監督組の生徒であると聞いて、思わずそうかと心の裏(うち)で手を拍(う)ったのである。しかしこの大きな頭の、古い名の、しかも自分の監督する生徒が何のために今頃やって来たのか頓(とん)と推諒(すいりょう)出来ない。元来不人望な主人の事だから、学校の生徒などは正月だろうが暮だろうがほとんど寄りついた事がない。寄りついたのは古井武右衛門君をもって嚆矢(こうし)とするくらいな珍客であるが、その来訪の主意がわからんには主人も大(おおい)に椋Э冥筏皮い毪椁筏ぁ¥长螭拭姘驻胜と摔渭遥àΔ粒─丐郡肋'びにくる訳もなかろうし、また辞職勧告ならもう少し昂然(こうぜん)と構え込みそうだし、と云って武右衛門君などが一身上の用事相談があるはずがないし、どっちから、どう考えても主人には分らない。武右衛門君の様子を見るとあるいは本人自身にすら何で、ここまで参ったのか判然しないかも知れない。仕方がないから主人からとうとう表向に聞き出した。
十 … 16
,小,说,网
「君撸Г婴死搐郡韦
「そうじゃないんです」
「それじゃ用事かね」
「ええ」
「学校の事かい」
「ええ、少し御話ししようと思って……」
「うむ。どんな事かね。さあ話したまえ」と云うと武右衛門君下を向いたぎり何(なん)にも言わない。元来武右衛門君は中学の二年生にしてはよく弁ずる方で、頭の大きい割に脳力は発達しておらんが、喋舌(しゃべ)る事においては乙組中鏘々(そうそう)たるものである。現にせんだってコロンバスの日本訳を教えろと云って大(おおい)に主人を困らしたはまさにこの武右衛門君である。その鏘々たる先生が、最前(さいぜん)から吃(どもり)の御姫様のようにもじもじしているのは、何か云(い)わくのある事でなくてはならん。単に遠懀Г韦撙趣悉趣Δ皮な埭比·椁欷胜ぁV魅摔馍佟┎粚彜怂激盲俊
「話す事があるなら、早く話したらいいじゃないか」
「少し話しにくい事で……」
「話しにくい?」と云いながら主人は武右衛門君の顔を見たが、先方は依然として俯向(うつむき)になってるから、何事とも鑑定が出来ない。やむを得ず、少し語勢を変えて「いいさ。何でも話すがいい。ほかに誰も聞いていやしない。わたしも他言(たごん)はしないから」と穏(おだ)やかにつけ加えた。
「話してもいいでしょうか?」と武右衛門君はまだ迷っている。
「いいだろう」と主人は勝手な判断をする。
「では話しますが」といいかけて、毬栗頭(いがぐりあたま)をむくりと持ち上げて主人の方をちょっとまぼしそうに見た。その眼は三角である。主人は睿Г颏栅椁蓼筏瞥栅螣煠虼丹訾筏胜椁沥绀盲群幛蛳颏い俊
「実はその……困った事になっちまって……」
「何が?」
「何がって、はなはだ困るもんですから、来たんです」
「だからさ、何が困るんだよ」
「そんな事をする考はなかったんですけれども、浜田(はまだ)が借せ借せと云うもんですから……」
「浜田と云うのは浜田平助(へいすけ)かい」
「ええ」
「浜田に下宿料でも借したのかい」
「何そんなものを借したんじゃありません」
「じゃ何を借したんだい」
「名前を借したんです」
「浜田が君の名前を借りて何をしたんだい」
「艶書(えんしょ)を送ったんです」
「何を送った?」
「だから、名前は廃(よ)して、投函役(とうかんやく)になると云ったんです」
「何だか要領を得んじゃないか。一体誰が何をしたんだい」
「艶書(えんしょ)を送ったんです」
「艶書を送った? 誰に?」
「だから、話しにくいと云うんです」
「じゃ君が、どこかの女に艶書を送ったのか」
「いいえ、僕じゃないんです」
「浜田が送ったのかい」
「浜田でもないんです」
「じゃ誰が送ったんだい」
「誰だか分らないんです」
「ちっとも要領を得ないな。では誰も送らんのかい」
「名前だけは僕の名なんです」
「名前だけは君の名だって、何の事だかちっとも分らんじゃないか。もっと条理を立てて話すがいい。元来その艶書を受けた当人はだれか」
「金田って向横丁(むこうよこちょう)にいる女です」
「あの金田という実業家か」
「ええ」
「で、名前だけ借したとは何の事だい」
「あすこの娘がハイカラで生意気だから艶書を送ったんです。――浜田が名前がなくちゃいけないって云いますから、君の名前をかけって云ったら、僕のじゃつまらない。古井武右衛門の方がいいって――それで、とうとう僕の名を借してしまったんです」
「で、君はあすこの娘を知ってるのか。交際でもあるのか」
「交際も何もありゃしません。顔なんか見た事もありません」
「乱暴だな。顔も知らない人に艶書をやるなんて、まあどう云う了見で、そんな事をしたんだい」
「ただみんながあいつは生意気で威張ってるて云うから、からかってやったんです」
「ますます乱暴だな。じゃ君の名を公然とかいて送ったんだな」
「ええ、文章は浜田が書いたんです。僕が名前を借して遠藤が夜あすこのうちまで行って投函して来たんです」
「じゃ三人で共同してやったんだね」
「ええ、ですけれども、あとから考えると、もしあらわれて退学にでもなると大変だと思って、非常に心配して二三日(にさんち)は寝られないんで、何だか茫(ぼん)やりしてしまいました」
「そりゃまた飛んでもない馬鹿をしたもんだ。それで文明中学二年生古井武右衛門とでもかいたのかい」
「いいえ、学校の名なんか書きゃしません」
「学校の名を書かないだけまあよかった。これで学校の名が出て見るがいい。それこそ文明中学の名誉に関する」
「どうでしょう退校になるでしょうか」
「そうさな」
「先生、僕のおやじさんは大変やかましい人で、それにお母(っか)さんが継母(ままはは)ですから、もし退校にでもなろうもんなら、僕あ困っちまうです。本当に退校になるでしょうか」
「だから滅多(めった)な真似をしないがいい」
xs
十 … 17
。小[说网}
「する気でもなかったんですが、ついやってしまったんです。退校にならないように出来ないでしょうか」と武右衛門君は泣き出しそうな声をしてしきりに哀願に及んでいる。遥à栅工蓿─问aでは最前(さいぜん)から細君と雪江さんがくすくす笑っている。主人は飽(あ)くまでももったいぶって「そうさな」を繰り返している。なかなか面白い。
吾輩が面白いというと、何がそんなに面白いと聞く人があるかも知れない。聞くのはもっともだ。人間にせよ、動物にせよ、己(おのれ)を知るのは生涯(しょうがい)の大事である。己(おのれ)を知る事が出来さえすれば人間も人間として猫より尊敬を受けてよろしい。その時は吾輩もこんないたずらを書くのは気の毒だからすぐさまやめてしまうつもりである。しかし自分で自分の鼻の高さが分らないと同じように、自己の何物かはなかなか見当(けんとう)がつき悪(に)くいと見えて、平生から軽蔑(けいべつ)している猫に向ってさえかような伲鼏枻颏堡毪韦扦ⅳ恧ΑH碎gは生意気なようでもやはり、どこか抜けている。万物の霊だなどとどこへでも万物の霊を担(かつ)いであるくかと思うと、これしきの事実が理解出来ない。しかも恬(てん)として平然たるに至ってはちと一 (いっきゃく)を催したくなる。彼は万物の霊を背中(せなか)へ担(かつ)いで、おれの鼻はどこにあるか教えてくれ、教えてくれと騒ぎ立てている。それなら万物の霊を辞職するかと思うと、どう致して死んでも放しそうにしない。このくらい公然と矛盾をして平気でいられれば愛嬌(あいきょう)になる。愛嬌になる代りには馬鹿をもって甘(あまん)じなくてはならん。
吾輩がこの際武右衛門君と、主人と、細君及雪江嬢を面白がるのは、単に外部の事件が愫希à悉沥ⅳ铮─护颏筏啤ⅳ饯毋合せが波動を乙(おつ)なところに伝えるからではない。実はその愫悉畏错懁碎gの心に個々別々の音色(ねいろ)を起すからである。第一主人はこの事件に対してむしろ冷淡である。武右衛門君のおやじさんがいかにやかましくって、おっかさんがいかに君を継子(ままこ)あつかいにしようとも、あんまり驚ろかない。驚ろくはずがない。武右衛門君が退校になるのは、自分が免職になるのとは大(おおい)に趣(おもむき)が摺ΑG私紊饯撙螭释诵¥摔胜盲郡椤⒔處煠庖率长瓮荆à撙粒─烁Fするかも知れないが、古井武右衛門君一人(いちにん)の呙嗓浠筏瑜Δ取⒅魅摔纬Γà沥绀Δ护─摔悉郅趣螭砷v係がない。関係の薄いところには同情も自(おのず)から薄い訳である。見ず知らずの人のために眉(まゆ)をひそめたり、鼻をかんだり、嘆息をするのは、決して自然の傾向ではない。人間がそんなに情深(なさけぶか)い、思いやりのある動物であるとははなはだ受け取りにくい。ただ世の中に生れて来た賦税(ふぜい)として、時々交際のために涙を流して見たり、気の毒な顔を作って見せたりするばかりである。云わばごまかし性(せい)表情で、実を云うと大分(だいぶ)骨が折れる芸術である。このごまかしをうまくやるものを芸術的良心の強い人と云って、これは世間から大変珍重される。だから人から珍重される人間ほど怪しいものはない。試して見ればすぐ分る。この点において主人はむしろ拙(せつ)な部類に属すると云ってよろしい。拙だから珍重されない。珍重されないから、内部の冷淡を存外隠すところもなく発表している。彼が武右衛門君に対して「そうさな」を繰り返しているのでも這裏(しゃり)の消息はよく分る。諸君は冷淡だからと云って、けっして主人のような善人を嫌ってはいけない。冷淡は人間の本来の性伲扦ⅳ盲啤ⅳ饯涡再|をかくそうと力(つと)めないのは正直な人である。もし諸君がかかる際に冷淡以上を望んだら、それこそ人間を買い被(かぶ)ったと云わなければならない。正直ですら払底(ふってい)な世にそれ以上を予期するのは、馬琴(ばきん)の小説から志乃(しの)や小文吾(こぶんご)が抜けだして、向う三軒両隣へ八犬伝(はっけんでん)が引き越した時でなくては、あてにならない無理な注文である。主人はまずこのくらいにして、次には茶の間で笑ってる女連(おんなれん)に取りかかるが、これは主人の冷淡を一歩向(むこう)へ跨(また)いで、滑稽(こっけい)の領分に躍(おど)り込んで嬉しがっている。この女連には武右衛門君が頭痛に病んでいる艶書事件が、仏陀(ぶっだ)の福音(ふくいん)のごとくありがたく思われる。理由はないただありがたい。強いて解剖すれば武右衛門君が困るのがありがたいのである。諸君女に向って聞いて御覧、「あなたは人が困るのを面白がって笑
小提示:按 回车 [Enter] 键 返回书目,按 ← 键 返回上一页, 按 → 键 进入下一页。
赞一下
添加书签加入书架